一時間半ほど掛けたどり着いたのは京都駅から5分程のとても綺麗なホテル。
ひと風呂浴び、ゆっくりすべきか否か。
寝落ちで終了という最悪のシナリオを回避すべく、荷物を整理しすぐに四条烏丸を目指した。
今宵目指す酒場はそこにあった。
さぞかし疲れていたのだろう。
市バスで降り立った地はなぜか四条河原町。
目的地の四条烏丸までは約2km程離れている。どうやらバスを間違え、まったくあさって場所に着地してしまった。
もはや落胆を隠せぬ程に精根尽き、おまけに喉はからからである。
しかしここで諦めてはきっと悔いが残る。どこか確信めいた期待を胸にその店を目指した。
道すがらの魅惑的な酒場の数々。
いいじゃんここでさっ、と囁くブラックヒゲメガネの誘惑を振り切りずんずん歩く。
そしてグーグルマップが導いた場所は、既に明かりの消えたオフィス街。
ぽつりとこぼれる明かりを頼りに進むと目的の店がそこにあった。
「キッチン よし田」
京都人目線でお勧め店を紹介する書籍を購入し、事前に熟読した上で必ずお邪魔しようと決めていた場所である。
のどの乾きに耐え兼ね躊躇なく扉を開くと、書籍で見知ったママさんが迎えてくれた。
女性二人で切り盛りする店内。カウンターには常連さんが数組。席に着くなり隣のお客様やママから質問攻めが始まり、予想だにせぬ展開となる。
当初予定されていたプランはこうだ。
私はよそさん。決して好意を求めてはならない。
ひたすら黙々と、ただ旨いものにありつければ上出来。
行儀よく、ひたすら行儀よく・・・
そう心に決め挑んだ筈だった。
が、蓋を開けてみればまるで見当違い。
「おひとりさんやから、適当にプレートにしてだすわ。きらいなもんある?」
などと、心遣いがありがたい。
「どこからきはったんですか?かながわのどこですか?」
隣のカップルさんからは質問が止まず。
「一人旅ですか?観光ですか?どこいかれはったんです?私も寺社巡りすきで全国津々浦々旅するんですよ~ うんぬん・・・」
一人でいらしていた男性にはお勧めの寺社を挙げていただいた。
・・・予定とちゃうやん
だって京都の人はいけずやんか。こんな優しいわけあれへん。
謎の方言が飛び出す程、困惑した。
まったくもって、気さくでフレンドリー。
そういえば書籍にも、京都人は懐に入ってしまえばとても気さくだ。と書いてあったのを思い出した。
そうそう、食を忘れるとこだった。
安定の美味しさであったことは言うまでもなく、供される全ての料理に洗練を感じた。
うまく表現できないが、味が立っている、もしくは素材が立っているというべきか。
シャキッとして、みずみずしく、余計な味がしない。
薄味かと思いきや、しっかりとした風味、コクを感じる。
足し算でなく引き算。なにかしらの予定調和。
そんな印象である。
「うちの料理はパクリやねん。デパ地下の。デパ地下キレイやんか見た目。味は知らんけど」
などと仰っていたが、見よう見まねでできるような味ではないだろう。確かな腕をお持ちの筈だ。
カウンターが埋まる頃には、ママ、おねぇさん、常連さんを巻き込んで店内のワイン在庫が無くなるまで皆がグラスをあおっていた。
気付けば私も酩酊にほど近い。
おねぇさんに、ずいぶんあかなりましたね、なんて微笑み言われ一層頬に熱を感じた。
京都弁ってかわいいなぁ・・・
一期一会っていうやん。
そう言って自らの人生訓まで語ってくれたママさん。
期待の遥か彼方まで楽しませて頂いた。
「ここに来るお客さんはな、99,9%戻ってくんねん。0.1%はワタシがキライな客やからええねん。アンタもまた来るやろ?」
勿論、いずれ必ず。
そして、後半隣に座られたカップルさんがお勧めしてくれたバーに向かった。
先ほどの店のテンションのままずんずんゆく。
が。
「こんばん・・・」
「ご予約いただいてますか?」
・・・嗚呼、やはりここは京都であった。
はたと気づき少々興がそがれた。
後ろ髪ひかれるがもうよい頃合である。明日に備え宿へ戻ることにした。
コンビニで買ったワイン1瓶とつまみの袋が幾つか。
無論、殆ど手つかずのまま泥のように眠っていた。